自分が見えてる世界がすべてだと思ってしまうワナを避ける

知恵・発見・知識
なる(10歳)
なる(10歳)

せっかく旅行に来たのに部屋にいるのはつまらないよ。

早く遊びに行きたい!

なる(70歳)
なる(70歳)

なにもしないことが贅沢なんじゃがな。

同じものを見てるのに見え方が違うことがよくあります。十分幸せなのに不幸だと感じることや逆に不幸に見えるのに本人は楽しくて幸せなこともある。人から見るとゴミなのに、宝として大切にする人もいる。同じもの見てるのにこんなにも見え方が違うのは面白いですね。なんでなんでしょうか?

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自分が見えてる世界がすべてだと思ってしまうことがある

今日見つけたツイートはそれをわかりやすく解説してました。


美人→積極的→多くの男性が群がってくる経験
普通→奥手→多くはないが男性に声を掛けられる経験
残念→草食系→全く声をかけられない経験

生まれてから今まで周りの男性がそういう態度だから、それが当たり前に見えてしまう。その世界しか知らないし、その見方しか経験したことがないのですべてがそう見えてしまう。これって怖いことですよね?

なる(70歳)
なる(70歳)

人は自分から見えているものがすべてなんじゃよ。

自分が見えてる世界がすべてだと思わない努力をやめない

一つの見方しか見たことが無いのに、その見方を正しいと思い込むのは危険ですね。たまたまその見方しか見たことだけなのにそれが正しいと思い込んでしまう。怖いですね。

変に褒められて育つと自分がすべて正しいと信じてしまい、「他の見方を見てみよう」という可能性も無くなってしまいます。「みんながおかしい。自分は正しい」と。

嫌な思いをしてまで言ってくれたアドバイスは、跳ねのけるのではなく「もしかしたら自分が間違ってるかも」と思ってみてみるのはチャンスですね。自分の信念を信じぬくことも大事ですが、自分の見方が間違ってる時にすぐに変えることができるのはもっと大事ですね。ジョブスさんも自分が違うと分かったら、ほかの人のアイデアをさも自分のアイデアのように話すことも多かったそうです。

本を読んだり、人と出会って違う物の見方を吟味するのをやめないでいる。そうするなら、もっと正しくて広い見方、もっと成功できるかもしれない。日本だけの見方で世界の価値観は違うのかもしれない。貪欲に色々みて、貪欲に変な人に会いたい。

なる(10歳)
なる(10歳)

それでも今は遊びに行きたいよ。

なる(70歳)
なる(70歳)

そりゃそうじゃな。じゃあ出かけようか。

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